おなか

はんぶん隠れて生きていたい

「とくべつな日」がにがて

ナント誕生日を迎えました、ありがとうございます!

 

ところで誕生日はいいもので、なんにもしてないのにその日を迎えるだけで無条件におめでとうおめでとうと言ってもらえたり、お菓子がもらえたり、サイコーの日です。

 

一方、いい思い出がない年もたくさんありました。熱が出たり(小学生の時はほぼ毎年だった気がする)、センター試験の次の日だったりしました。親の躾がすごいので、チビオガワ時代、誕生日にほしいものリストをつくっていたら、「誕生日は周りの人に感謝する日やざ!プレゼントもらう日じゃないんやざ!何考えてるの!」といって怒られたこともありました。(とかいってめちゃくちゃおいしいごはんがいつもありました(いちばんしあわせ))

 

誕生日は周りの人に感謝する日だというお母さんの言葉はスバラシくて、その通りだ〜〜と思います。でもやっぱり誕生日には思いっきり祝われたい!とくべつな日だもの!という考えが根底にあるので、誕生日に祝われなかったり誕生日なのに仕事やバイトをしたり誕生日なのに寝て過ごしたりしてしまうととても悲しくなる。とくべつな日って、とくべつなことをしなきゃならないみたいなプレッシャーがあると思います。わたしはそれがにがて。

クリスマスもハロウィンも、バレンタインもバースデーも、365日中の1日なことに変わりはないのに、なにもせずに過ごしてしまっただけで勝手に落ち込んでしまいます。イベントを楽しみに日々を過ごす気持ちがわかるしとくべつな日をとくべつに過ごす楽しさを知ってしまっているから、とくべつに過ごしたいと思ってしまうことがふいに、むしろとてもさみしく感じてしまうことがあるのです。

 

だからわたしは、ありえないくらい大きなヨチヨチをわたしの特別な日にあたりまえに与えられたい

 

今年のわたしの誕生日は、ふつうに仕事だったはずなのですが、それはそれでふつうに過ごせて楽だなあという気持ちでいたら、前日に、仕事休みでいいよー!(勝手に割り振られる有給休暇)となり、予定が空いてしまいました。前日は、仕事がなくなってハッピー!ゆっくりおふろでもつかってのんびりしよー!と思っていたけど、彼氏がいまごろ何してんのかなーとか見たかった映画がちょうど昨日公開だなー(ねむいからいかない)とか考えてたら、やっぱり虚しくなってしまった。わたしのダラダラしたさが異常なんかもしれないけどネ。

でも夜はもともと、大好きな友人がごはんに連れていってくれることになっていて、その誘い方が素敵で、はじめてエスコート(?)された気持ちになっていて、わたしはきっとすごくいい誕生日を迎えられそうでうれしい 行ってきます!

 

とくべつな日だって私が好き勝手していい一日だと思うから、どう過ごしたってどうでもいいんだけど、いい加減ひとみしりもやめてみんなのことをちゃんと好きになって周りの人を大事にする生き方ができるようになったら、わたしのその日をちゃんととくべつにして大事にしてあげられそう とくべつな日、得意になりたいのはわたしです!今日はわたしハッピーガール!

おわり